あたまのなかみ

なんとなく最近ふざけたブログを書いてみたので今日はまじめに
長いので時間がない人は読まないほうがいいかも

■BHについて
私はBHという組織が好きだ。
中学や高校時代はただぬぼっと生きていた。
それなりの進学校に通っていたので、自分はそれなりの大学に入って、大手の企業に就職して、
結婚して、そんな人生を歩むと思いきっていた。
誰かのためとか子どもの成長とか自分のキャリアとかそんなものは微塵も考えたことはなかったし、
別に本気を出さなくてもそれなりの成績は取れていたし、
それなりに自分の希望する進路に進むことができていた。
世の中に関心すらなかったし、人にも、自分自身にすら関心はなかったように思う。

大学に入って、サークル紹介でたまたま見たマレーシアの紹介を見て、
総合政策学部だから海外のボランティアはありだなと思って、
友達に連れられて、BHに新歓に参加した。

そこで、サタプロに誘われて、自分が必要だと言ってもらえることがうれしくて、
1年生のころはほぼ毎回サタプロに参加していたような気がする。
たぶん参加回数は20回近く行っていたのではないだろうか。
意外だろうがこのころはリーダーをほぼ毎回していた。

1年生の後半になって、日曜体験の総責をしないかと言われて、1年生で総責とかかっこいいなと思い、
快く受け入れた記憶がある。そのころちょうどできたデイイベント事業部にも誘われて入った記憶がある。
そんでもって執行役員にも誘われてそれもやってた記憶がある。

そして、その時出会った企画管理者にすごく怒られたのを覚えている。
「君にはなんとなく人が寄ってくる。でも、人のことを考えていない。人間として終わっている。」

なんとなく生きてた自分にとってはじめて誰かに否定された瞬間だった。

2年生の夏になって、BHで一番かっこいいイベントの総責の席が空いていた。そこをやると伝えた。
その席は、こうBHでいちばんすごい人がやるキャンプだったように思う。ただ1番先に進みたいというだけでやったそのキャンプ。
幸いにも同期には多くの自分の苦手分野を補ってくれる人がいた。
正直私は会計もできないし、人も集めることができない。
ただ、総責をやりたい総責だったように思う。

また、たまたま1年生の時にももってもらった企画管理者の人にお世話になることになった。
そしてまた言われた。

「君はほんとうにダメだ。ただ、誰かが困っている時に一緒に考える姿勢だけはいい。」

ただ、総責をやりたいだけの人間にどんなプログラムをしたいかを思いつくことも困難だった。
夜中に西宮の町を徘徊して、歩いて考えて、否定されて。

否定されるのが悔しくて、梅田の駅を泣きながら帰ったことすらある。

ただ、ひとつ、自分より上の人にこの時お世話になったことだけが心に刻まれた。

はじめて親以外の誰かに本気で怒られたし、
はじめて自分を否定されたし、
はじめて悔しくて涙を流したし、
はじめてほめてもらえた。

だから自分も3年生になったらそうなるもんなんだと当然に思っていた。
3年生になって企画管理者になって、自分が企画管理者に言われていたことが、
急にすべて理解できるようになって、あのひどい言葉の1つ1つが投げ捨てられたものではなく、
自分自身に向けられた優しいパスだったことに気づいてともてうれしく思ったことを覚えている。

小学校から私立で自分自身で自己決定をあまりしたことがなく、
なににも本気になれず、
なににも関心がなかった。

そんな自分が大きく変わった4年間が忘れられず。
そんな自分を大きく変えたこの組織への感謝が忘れられず。
そんなことをできる大学生って存在がかっこよすぎて

私は今BHで働いているのかもしれない。
BHの代表になるなんて、誰にでもできることではない。

だから、今私はここにいるのだろうなと思う。
そんな場所をこれからも提供し続けたくて

そういえば最近うれしいことがある。
それは自分が大学生のころに活動していた子どもたちがBHに関わってくれていることだ。

こればっかりはこの仕事をしていてよかったと思う。
このうれしさは今、この立場でないとわからないと思う。
つい、同期にあった時に自慢してしまう。
あの子が戻ってきてくれたよと。
自分たちが提供していたキャンプとかが少しでも彼らのなにかを変えたのかもねって

■投げかけ
子どもにどう成長して欲しい。
中高生にどうなって欲しい。

そんな投げかけをよくする。
でも、それは付随的なものだと思う。
別にこの組織はそんな崇高な想いを持ったやつが集まる組織でなくていいと思う。

話す友達がいて、夢中になることがあって、楽しい場所
その程度の組織でいいのかもしれない。
ただ、その夢中の中に子どもの成長があって、その夢中の中に真剣に誰かのことを本気で考える時間がある。
まず、自分が楽しいかどうかが重要だと思う。

■BHにとって大学生ってなんだろう
大学生が大学生をマネジメントする。
これはBHのDNA的なものなんだろうと思う。

寄付をいただけば、お礼の手紙で感謝を伝える。
ふるさとう納税が来れば、返礼品をもらえる。

ぼくらはみんなの活動に対してなにを返せるだろうか?
みんなのがんばりという寄付に対してBHはなにを返せているのだろう
最近そんなことを考えてしまう。

1億少しの売り上げの団体だが、みんなのがんばりを寄付金として、
現金換算をしたらもう1億くらいの付加価値があるのかもしれない。
そんな寄付に対して団体としてどうすべきか。
そんなことを最近考えている。

■変わらなければいけないのか
私は欠陥が多い商品であると思う。

もっとできる。自分はもっとできる。
そんなことを言い聞かせてもできないことがある。
できないことはそれなりに、できることはがんばる。それが私のモット―である。

自分が変わらないといけないほど、苦手の分野があるのだとしたら、
それはきっと自分の周りの仲間をあまり信じれていないのかもしれない。

自分ができないことは、それができる誰かにやってもらえばいい

だから、なにがしたいかとかどんなことがしたいか

そんなことと同時に自分はなにが得意かどんなことを助けて欲しいか

それを周りの仲間に話してもいいのかもしれない。

だから、自分が変わるのではなく、自分ができないことはなにかを知って、
それをヘルプしてもらえる仲間を探す

やみくもに一緒にやろうではなく、
ここの部分は任せた!といった風にしたほうがいいのかもしれない

最近考えてたり、感じてたりする一部

そんな感じかな

松本