卒業生の声
2005年度卒業生インタビュー集


「愛しき卒業生達へ」

                                                  理事長 能島 裕介

 とりあえず、この過酷で無慈悲なBHで、最後まで生き残った一人一人に、心からなる祝福と感謝を伝えたい。

 BHは誰もが知っている通り、過酷で、無慈悲で、冷徹な組織だ。ただ、そこには他では出会えないような熱い思いを持った仲間がいて、あらゆることが可能であるような希望があり、自らが責任を負う自由が与えられている。

 みんなはそんな組織の中で、大学時代の貴重な日々を過ごし、それを全うした。その経験は、おそらく、いや確実にこれからの長い長い人生のなかで、相当の影響を維持し、みんなの歩みを支え続けていくのだろうと思う。

 「BHはまるで小さな社会のようだ」と誰かが言った。それは一面において正しい。しかし、これからみんながその一歩を踏み出そうとしている本当の社会は、BHよりもさらに大きく、複雑化している。耐えられないような不正義や妥協することのできない矛盾も数多くある。でも、その中にあって、みんなは自らの信念に従い、愚直に生きることを心から願っている。そして、それに負けそうな時には、BHでの日々がみんなを勇気づけてくれると信じている。

 BHの本当の意味は、その組織の中にいるときにはまだわからないかもしれない。しかし、かつての先輩達がそうであったように、社会の中に出て、これまで自分が歩んできた道を振り返ったときに、ぼんやりと気づくことがあるのだと思う。

 大学の友人達がカラオケで歌い狂い、酒に酔っているそのときに、みんなは事務所でパソコンに向かい、始発の電車が来るのを待っていた。友人達がテニスに汗を流し、楽しんでいるそのときに、みんなは甲山で子ども達の背中を追いかけ、息を切らせていた。そんな、不合理で、一見、理解しがたい日々が、みんなを形作っている。

 詩人・宮沢賢治はその詩「雨ニモマケズ」のなかで、こう述べる。
 「ホメラレモセズ、クニモサレズ、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ。」

 他者からの評価ではなく、自らの意思によって生きる人であってほしい。BHで日々を過ごしたみんなは、それを可能にするだけの経験と能力をすでに身につけていると思う。

 自分を信じろ。それでも負けそうになったら、BHで同じ日々を過ごした仲間達を信じろ。それでも負けそうになったら、事務所に来い。BHは、その生産物達のために、いつまでも、そして、始発電車が動き出そうとしているその時間までも、事務所の扉を開き続けているのだから。

『別れ』

                                                  生島 玄之助

 BHは自分にとっては高校を卒業した直後から入った団体で、大学の入学式前日まで春のキャンプに参加したのが記憶に残っている。今回も大学の卒業式の前日にBHのイベントに参加するということは、因縁があるとしか思えない。
 自分がBHのなかで主にやってきた活動は、よさこいまつりの運営とキャンプであるのだが、やはり心に残っていることは2度にわたるよさこいまつりの運営である。この中で起こった様々なことが今にもずっと残っているし、BHに入ってよかったなぁと思わしてくれるイベントだからである。主に活動していたのは1〜2回生の間であるのだが、そこに参加したイベント、そのなかでの思い出というものは、一言では当然語りつくせないし、また、紙にも書ききれないほどある。しかし、一つだけいえることは、多くの人にめぐりあえたこと、めぐりあえた人のひとりひとりがBHでの思い出であるということで、自分にとって大学を卒業していくことは社会への門出であることと同時に、そのような出会った人たち、そして思い出との別れではないだろうかと思う。
 今日、また一つの団体と別れを迎える。自分の大学生活の一つ一つが終わりを迎える。アルバイト、サークル、ゼミ・・・など大学でやってきたことはもう終わりである。そして、これからは社会人としてまた新たな出会いがある。でも、いつまでもこれまで培った思い出を大切にしていきたい。
 多くの思い出をくれたBHありがとう



『今を頑張っているみんなへ』

                                                  基島 里奈

 私は大学1年生の時にこの団体と出合いました。高校の終わり頃から自分を表現できる場所を探していた私は、色々なことを経験し、多方面から物事を考える力を養う等成長させてくれる団体であったと実感しております。また、高校までの私に考えられない自分を引き出してくれる団体でもありました。つまり、この団体は、この先の人生で絶対に味わえない体験をさせてくれるものであったと確信しております。
 さらに、この団体で毎日がむしゃらに頑張っていた私が言えることは、学校の課題や仕事が山積みになって、恋人や友人や家族に迷惑をかけ、大事な人との時間を犠牲にしていっぱいいっぱいになっても、自分を信じて頑張っていれば周りの人はあなたをみていてくれているということです。
 この団体を通して出会った人、出合った経験全てが私の宝物です。
ありがとう。



『リス君の旅』

                                                  神山 良太

ある日、栃木の森のリス君は、旅に出ようと思いました。
それは、知り合いのいない、たった一人の旅でした。

旅を始めてから1ヶ月経った春の日、
リス君は関西の地で、BHという怪しいグループに出会いました。

そこには肝臓の悪そうなクマ君と、
とても美人なネコさんがいました。

「学生時代にしか、できないことがここにはいっぱいあるんだよ」

リス君はネコさんの巧妙なトークと、
そのただならぬオーラに騙されて、
怪しいグループに巻き込まれることになりました。

ネコさんからの紹介で次に会ったのは、
キャンプのカリスマだったウルフ君と、
クマ君と一緒にBHを支えていたカマキリ君でした。

「子どもの視点で、でも大人じゃないとできないキャンプを
するんだ」
「それは、本当に子どもがしたいと思ってることなの?」

リス君は始めてのイベントを無我夢中で頑張って、
打上げで号泣してしまいました。

半年後、リス君はBHを影で牛耳っている、
オオカミさんの組に脅されてキャンプの副責をやることになりました。
オオカミさんは死ぬまで仕事を与えてくれました。
どうやらそのオオカミさんは、
今年の春にまたBHに戻ってくるそうです。

そしてそのまた半年後、BHに入って二年目の夏は、
感性の塊だったキツネ君と一緒にキャンプをやりました。
さまざまなぶつかり合いがあったけど、
リス君は本当に愉快な仲間たちに囲まれて幸せでした。

その冬にリス君はサル君に出会います。
サル君はリス君に言いました。

「インドに震災の復興支援に行かへんか?」

震災に思い入れのあったリス君は、
1日悩んでサル君とインドに行くことを決めました。
サル君がその後の卒業文集で言ってたことが、
リス君の心には残っています。
「BHで学んだことの一つは、覚悟することの勇気でした」

そしてそこにはBHのボスであるクマ君もいました。

「結局お前はどうしたいねん?」
「ほんまに、それでいいんか?しっかりしろよ」

リス君は、本当に倒れてしまいそうでした。
でも、サル君やクマ君と仕事をしていると、
やる気が失せることもなかったし、
自分自身の成長を日に日に感じることもできました。

そして何よりも、参加してきたかわいいヒヨコちゃん達が、
インドに行くことによって成長してくれたことは、
リス君の人生の中でも、この上ない喜びでした。


リス君の関西での一人旅は、きっともうすぐ終わります。
今度は、東京という新しい土地で、
また新しい旅を始めなければならないのでしょう。
でもリス君は思っています。

「BHのスピリッツは、きっとこれから死ぬまでの人生の中で、
ずっと生き続けていくのだろう」と。

リス君の人生にも、
BHに関わる愉快な仲間たちの人生にも、
幸せが訪れることを願って。

ありがとう。



『ブレヒューみたく』

                                                  神代 勝俊

 「涙とともに種蒔くものは、喜びの声とともに刈りとらん」
 千刈キャンプ場へは1度しか行ったことがないけれど、私のとても好きな言葉。ブレヒューの活動スタイルにぴったりの言葉だと思う。
 自分たちに求められるサービスのクオリティの高さや達成しようとする成果の壁に押しつぶされそうになりながらも、先輩から多くを学び、仲間と協力し互いに切磋琢磨しながら粘り強さだけを自信に立ち向かっていく。そして参加者の笑顔や変化に触れ、また自分自身の成長を感じながら次のステップへと移っていく。
 私にも色んな涙があった。常務会で「HEPって何?」って質問して恥ずかし涙。タイワークキャンプで夜通し現金勘定涙。監査前準備で滝涙。よさこい祭りで感動涙。釜ヶ崎で眠い涙。はじキャンいも涙。そして監事反省涙。
 それでも引きつけられる魅惑のブレヒュー。愚直なまでのひたむきさで、一切の妥協を許さず自分に厳しく、相手に厳しく。それは能島さんの持つ一面であり、ブレヒュー全体に浸透したこの団体の性格であると思う。頑張る人は美しい。私は単純に、頑張る人が好きなのです。
 ブレヒューに集まってくるメンバーは私の好きな人ばかり。活動的で、知識も豊富。野心家でユーモアたっぷり。そして忘れてはならない人を思いやる気持ちを持った人たち。なんか読み返してみると褒めすぎて恥ずかしいけれど、心の中では本当にそう思っています。ありがとう。これからもよろしく。
 私は、偶然にも、幸運にもブレヒューで活動することができた。そして自分の成長を感じることができている。でもまだまだ、自分に甘く、他人にも甘い。信念が持てないから継続力がない。だから本当の意味でブレヒューの一員になったとはいえない。これからも影ながらブレヒューの活動を見守り、理想とする自分に近づけるよう努力していきたい。



『卒業までにしたい10のこと』

                                                  近藤 幸司

これに似たタイトルの映画があるそうですが、
見た事はありません。
でも、どんな映画よりも、自分の学生時代は
素晴らしかった。
そう思います。
卒業までにしたい10のこと。
そのいくつかを叶えてくれたのが、
ブレヒュでした。

胸の中に思い出を描き出す間もなく、
過ぎようとする学生時代は。
きっと光よりも早く、
過ぎゆく輝きなのだと思います。
その光がどう輝くか。
私は鈍い光だったけれど、キラキラ輝きました。

次の舞台も輝けるように。
みんなの舞台も輝けるように。
願ってやみません。

それでは、また。
ありがとう☆



『ある男の変化』

                                                  阪上 荘平

 学生としてこの組織に関わるのがもう終わりという今、俺はこの四年間で大分変わったんだろうと今更ながら思う。
その変化の大部分はこの組織に関係していると俺は踏んでいる。だって大学ほとんど行ってないし、バイトも生活するための金を得る手段でしかなかったから・・・
 さて、具体的にはどこが変わったんでしょう?端的な例は寝る時間。高校の時にはクラブやってたこともあって夜の10時半には寝てたような子どもが、深夜三時に寝支度をし出す不良になったのは一旦車庫に入った電車が動き出す時間まで働くのが日常的光景のこの組織の影響が大きいに違いない。
 それだけではなく、あらゆる面で変化を来した。家族と接する時間が極度に減少したことによって家族との摩擦も生まれ、おやじに「おまえ、どっかおかしいんちゃうか」と言われたりしたのもこの組織でほぼ毎日活動していた俺の行動が謎だったからに違いない。
 とまぁ、振り返ってみるといろんなことが悪くなったりもした。でも、得たもの(良いもので)大量に、本当に数えられないほど大量にある。
 その中で一番はなにかと突き詰めると、人が生きる上において「目的を達成するために手段を講ずる」ことが重要であるとわかったことだと思う。そもそも、俺は子どもが好きでここで関わり始めた。最初はただ単純に楽しくて、こういう時間の過ごし方が有益に感じて、子どもが笑うのが嬉しくて、子どもと一緒にいるだけで楽しいから、ここにいた。だけど、いろんなことを経験するうちに段々とただ楽しむだけの「イベント参加者」から「イベント催行者」へと変わっていった。「サタデープロジェクト」の総責をした。俺にとってそれは楽しい思い出でもあり、苦い思い出でもあり、けどやっぱり楽しい思い出である。俺は別に管理の経験を得たいとか、将来の足しにしたいとか、そんな風に思って引き受けたわけじゃなかった。ただ、月に何回も気楽に大学生と子どもが会えたら俺もうれしいし、みんなうれしいんだろうなあとか思えたから引き受けた。ま、始まってからはその考えの甘さを呪いましたがね。
 それからの9ヶ月は目の回るような忙しさだった。俺にとって初めての総責であり、その上この組織にとって初めてのスタイルのイベントだったから。途中、かなり精神的に危険なときもあった。今全部投げ出したらどんなに楽か・・・なんて思ったりして。でも、それはできなかった。それをしたら、あまりにたくさんの人に不利益が生じるから。そして一番悲しむのは、子どもだってことは明白だったから。子どもが喜ぶ姿を見たい。当初の目的とも言える、それだけが俺の精神的支えだった。一番つらいとき、立ち返るのはその「目的」だった。途中かなり手抜きなイベントもありましたが、それでもなんとか16回全部をやりきったのは立ち返れる「目的」があったからかなあと今では思う。
 それからレクの代表になった。「俺しかいないなら」「俺が代表になることが少しでもレクにとって、ひいては子どもにとって有益なら」。それだけをモチベーションに簡単に成し遂げられるような軽い役割ではなかった。なにをしたらいいのか、よくわからないまま、目の前のことに追われていった。あまりに管理に向いてないという出来ない男。そんな男がなってしまったので、早くも春には精神的に追いつめられる。本当に「死にたい」と思う時があった程だ。中間管理職の苦しみは俺にとってはあまりに大きすぎた。その時は支えてくれる人がいたから何とか死なずに済みましたが。それをなんとか乗り越えてもなお、春以降はなかなかハードなものでした。それでもなんとか任期を満了できたのはやっぱり「俺が代表になることが少しでもレクにとって、ひいては子どもにとって有益なら」というものを信じてやってきたからかと、今では思う。
 時間や労力をかけてでも達成すべき目的が常に俺の前にはあった。そして大小様々な問題も同時多発的にあった。それらが恐ろしく混ざり合ってわかりにくかったため、一番達成すべきものに対して遠回りをしてしまったときが数えきれないほどある。
 それらの痛い経験から、「一番重要なことはなにか」「その目的を達成するためには如何なる手段を講ずるべきか」そう自然に考えることができるようになった。それが、俺がこの組織で得た一番大きなことだと思う。

俺だけでなく誰しも目的の途中で何時か苦しく、辛く感じる局面を迎える。その時まず重要なことは、「もともと何故自分はこれやってんだ」ってことを思い出すことだと思う。俺はそれを絶対に忘れないよう、これからの人生を生き抜いていきたい。そう思う。



『手をつなぐことのはなし』

                                                  さがわ いくえ

「手をにぎろう!」

いちど手をにぎり、はなれていき、またちかづいてにぎり、そうしてはなれた。
「わたしたちはずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
「ずっとゆれているのがうんめいさ。けどどうだい、すこしだけでもこうして」
と手をにぎり、またはなれながら、
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」

「ぶらんこ乗り」 いしいしんじ
手をさしのべてくれて、手をつないでくれたひとたち
 
いつも元気に手をひろげて、手をつないでくれた子どもたち

ほんとうにありがとう。


子どもたちやブレヒューのみんなと、ずっと手をにぎってはいなかったし、
いのちがけではなかったかもしれないけれど、
手をつなぎたいとおもったとき、きちんと、しっかりと、手をつなげたこと、
手をつなぎたいひとたち・子どもたちがたくさんいたこと、
ほんとうにすてきなことだったなぁって、おもいます。

うれしかったり、しんどかったり、どんなきもちのときでも、
子どもたちと、ブレヒューのみんなから、
たくさんのいろんなチカラをもらってました。
 だから、ずっと、前をむけてたんだろうなぁっておもいます。
 
子どもたちと、みんなと、いっしょの時間を過ごすことができて、よかった。
手をつないでくれて、よかった。
 
ほんとうに、ほんとうに、ありがとう。
 
 一回、手をはなしてしまうけれど、
次は、自分から手をつなげるようなひとになって、
また、そのうち、子どもたちと、みんなと、手をつなげたらいいな。



                                                  鈴木 可奈

あっという間の四年間でした。ぽつぽつとBHと関わってきたのですが、ほんとうにたくさんの大切なものをもらえました。その中でも第一位はたくさんの人に出会えたこと。それも、一つのことにすごく一生懸命で、真剣に話ができて、お互いに刺激を与え合えて…そんな人たちの中にいれたことで、私も刺激を受け、いろんないい経験をさせてもらい、その中でたくさんの自分にも向き合えたような気がします。四年はあっという間だったけど、思い返すと色々あって、みんなと過ごしたとても楽しい日々でした。BHに出会えて、みんなに会えてよかったなあと思いながら…
たくさんお世話になったみなさんに
ほんとうにほんとうにありがとう。これからもよろしくね☆



『幸か不幸か』

                                                  永井 俊広

幸か不幸か、出会ってしまった。
幸か不幸か、関わってしまった。
幸か不幸か、ハマってしまった。

幸か不幸か、たくさんのものを失くした。
幸か不幸か、たくさんのものをもらった。


子どもたちと出会った。
保護者の方々と出会った。
仲間たちと出会った。
先輩、後輩と出会った。
先生方と出会った。
そして社会と出会った。

とても数え切れないほどたくさんの人たちと
私は出会い、つながり、かかわった。

楽しかったこと、嬉しかったこと。
悩んだこと、辛く苦しかったこと。
腹が立ったこと、悔しかったこと。
葛藤したこと、心から喜んだこと。

たくさんの人と出会い、つながり、かかわる中で
とても数え切れないほどたくさんのことがあった。

それらを感じる中で自己と出会った。

自分にできること、できないことを知った。
自分の特徴や傾向、資質や能力、得手不得手。
何かを達成し、自信がついたこともあれば、
限界を感じ、自信を失くしたこともあった。
いろんな人にたくさんの迷惑をかけながら、
もがき苦しみ、逃げ回ったこともあった。
力が出せて、自信を取り戻したこともあった。

4年間を振り返ったとき、確かなことがひとつある。
それは、
「すべてのことが、いま、ここにいる自分をつくっている」
ということ。
いまの自分が在るのは、ブレーンヒューマニティーという場所で
過ごした時間、経験したこと、出会った人たちのおかげだと確信している。


幸いなことに、まだ時間がある。
幸いなことに、将来の夢がある。
幸いなことに、できることがある。
幸いなことに、できないことがある。
幸いなことに、支えてくれる人がいる。
幸いなことに、ゴールはまだまだ遠い。
幸いなことに、スタート地点に立ったばかりだ。

幸いなことに、そう感じることができる。


4年間で出会ったすべての人、物事、時間に
心からの限りない感謝をこめて。



『お礼と感想』

                                                  松永 佳子

ひょんな事がきっかけでブレヒューに入った私。

子どもが苦手だったのに、いつの間にかキャンプに参加し、結局、四回の最後までお世話になりました。その間、先輩にお世話になり、同期や後輩にだいぶ御迷惑をかけました。私に関わった全ての人にこの場を借りてお礼をいいたいです。
本当にありがとうございました。
おかげでなんとかやっていけました。

ここ数年を振り返ってみても、大した活動もしなかったため、
後輩に残す言葉が残念ながら浮かばないので、最後に、私の感想を述べようかと思います。

ブレヒューに入って、考える事が増えたと思います。
昔から、考える作業をあまりしなかった、というより避けてきました。多分、元々ネクラなせいで何かを考えるているうちに、いつの間にか悩んでしまう癖を無意識に避けていたのかもしれません。

でも、ブレヒューで活動すると、否なく物事を考えさせられてしまう。
ボケた頭を動かしているうち、いつの間にか行き場のない悩み癖が消えた。(ように感じます) 逆に自分の思考能力のなさに悩むはめにはなってしまいました。(残念)

もう少しブレヒューに関わって、ステキに成長した私と対面したかったけれど、時間切れのよう。まだまだ現役の方が羨ましいな。
がんばれ青春!!私もまだまだ青春☆



『大なるかな居や』

                                                  峯 聖

 BHに関わることになって、もう3年が経とうとしています。そして、もう卒業ということになってしまいました。今更ながら、「もったいないなぁ」という気持ちでいっぱいです。
 初めて参加したイベントは、USAワークキャンプ。最後に参加したイベントは10月チャレンジキャンプ。ワークキャンプに1回、キャンプに2回と、それほど参加したイベントはありませんでしたが、非常に濃密な時間を過ごしてきたと実感しています。そして、BHでの時間をかみしめて、「なんで夢中になってたんだろう?」と振り返って、ほくそ笑んでいる。今、僕はそんな状況の中でこの文章を書いています。

 古代中国の思想家・孟子は『居は気を移し、養は体を移す。大なるかな居や』という言葉を残しています。この言葉は、「栄養(食)は体をつくる。居場所(環境)は精神をつくる」という意味で、生育環境の重要性を述べているのですが、僕がBHで過ごした時間はこのことばが全部語ってくれるのではないかと感じています。BHのボランティアが語ることばは、他の学生のことばとはちょっと違う。時には根拠のない確信を感じたりもしますが、それだけ純粋で、自分になじんだ考え方、ことばで語っているからかもしれません。だから心に響いて、自分の価値観を揺さぶるんだと。そんな環境に3年しかいられなかったことを思うと、非常に「もったいない」。だから、これからBHで過ごすひとたちには、もっとどっぷりBHにひたってほしい。今、BHに価値を見いだすことができなくても、それはきっと今後の糧になるはずだと、根拠なく確信しています。
 何かに打ち込むことに理由なんて、実はいらないのかもしれない。実際、打ち込む理由なんて後から勝手に作り上げているようなもんだ。だって、やってるときは何も感じてないでしょ。だから、今夢中になれるモノに全力を注ごう。理由なんてオヤジ/オバサンになってからでいい。そしてそれをたまに眺めて楽しんだらいい。「世の中に絶対はありえない。でも自分がそれを『絶対』と思えなければ、本気になんてなれない」。どこかで聞いたのか、読んだのか、自分で作り上げたのか、そんなこともわからないほど、このことばは僕になじんでいます。

 僕自身、これからもっと多くの時間を過ごして、もっと多くのひとと出逢って、もっといろいろな経験をするとは思いますが、その場面のそこかしこで、BH Mindが生き続けていると思います。能島さん、川中さん、近藤さんをはじめ、ぐっち、山さん、大楽、章雅さんなどなど、いろいろなひとたちにいろいろな刺激を受けたこと、とても感謝しています。こんな文章でそんな気持ちを表すのも失礼だと思いますが、それを書き出すと止まらなくなりそうなので、このへんで。
みんな、ほんとうにありがとう。



『BHのみんなへ』

                                                  藤井 佑子

私がBHの事務所の扉を初めて開いた日から、もうこんなに時間が経ってしまったんですね。
「卒業」と聞くと、正直信じられない気持ちがあります。たくさんの人に出会い、支えられ、時に笑い・泣き、そんな思い出がたくさんつまっています。

その中で一番自分が変わったことと言えば、子供を好きになったこと。
BHに入った当初、私は子供が大の苦手でした。最初にリーダーをした時は、本当に悲惨であの時の子供たちに謝りたいぐらいです。

そんな私が、サタプロでリーダーをし、キャンプでも積極的に子供たちに話しかけるようになるまでには、たくさんの葛藤がありました。

誰でも、苦手なものってありますよね。苦手なものは、できる限り遠ざけたいと思うのは私の悪い癖でした。当時「子供苦手や〜っ!」て思っていた私は、事務所にいる先輩・同回生・後輩達の姿を眺めながらいつも考えていました。

「子供たちの笑顔が見たいねん!」それだけの為に、なんでそこまで身を削って頑張るの?
「今日○○ちゃんがこんなことしてたで!ほんまにあいつは成長したよな!」って言いながら、なんで自分のことのように笑って、喜んでいるの?
「自分が納得できる企画やないとあかんのや!せっかく来てくれる子供たちに最高のもん見せたいんや!」何度も頭をかきながら企画書何枚も書いて大変やないん?

なんでなん?私には分からない。子供のこと苦手やし、よく分からん。
でも、なんかあいつらかっこいい。誰かのために、自分の好きなもののために一生懸命になってる彼らがかっこいい。
分からない、けど彼らの思いを知りたい。彼らに近づきたい。
苦手なだけで終わって諦めていいんかな。
まだ、私は子供と本気で向き合ってないのに。
まだ、私は何かに本気になってないのに。

サタプロ行って、キャンプに行って、おどおどしながら子供と話したり、子供のストレートな言い方に傷ついたりしてさ。そんなんおかまいなしで、子供はご飯は食べてくれないし、静かにしてくれないし、いう事聞かなくて困らせるしさ。

いつしか、そんな事いいながら笑ってる自分がいた。子供の事を笑いながらしゃべってる自分がいた。気づいたとき、泣きたくなった。初めてのうれし涙。
あぁ、これが成長するってことなんやな。
たくさん笑ってたくさん泣いて悩んで、その向こうにあるのはきっと今よりももっと輝いている自分がいると私は信じています。そしてBHはそのために用意された場所だったと、今私はそう思います。

それでは最後に。
私と関わった全ての人に感謝!!
今まで一緒にいてくれてありがとう!!!



『私自身のコンセプト』

                                                  山田 真奈美

「一人一人を大切にすること」(ポレキャンのコンセプト)
「まなてぃ〜」みんなが呼んでくれているこのあだ名。実は、4年前の新人研修でつけてもらったあだ名だ。はじめはなんだか恥ずかしかったけれど、今はかなり気に入っている。
「「マナティー」(←これはジュゴン)ではなく「まなてぃ〜」だから。」
最近は、こうやって熱くあだ名について説明する。これには理由があるのだ。

BHは、泣き虫で不器用な私をあたたかく受け入れてくれる場であった。はじめは意見を言うことさえできなくて、よく涙を流していた。でもそんな私を馬鹿にする人はいなかった。いいところは褒めてくれて、悪いところは指摘してくれた。頑張りは認めてくれた。私のいいところをたくさん教えてくれた。背中を押してもらったこともあったし、励ましあいながら頑張ったこともあった。受け入れてもらえたから、いつの間にかBHは自分らしさを大切にできる居場所になっていた(一時期HEPがフリースペースを占領していたこともあったなぁ)。
そんなBHには、キラキラ輝いて見える人がたくさんいた。時には尊敬し、時には嫉妬した。でもある時、気がついた。キラキラ輝いているのはそれぞれの「想い」があるから。キラキラ輝いているのはそれぞれの持ち味を大切にしているから。
「ありのままでいていい。」「自分らしさを大切にしたらいい。」それを活動の中で教えてもらった。
人と人が関わりを持つ時、そのうちの誰かが欠けてしまったら、その場の雰囲気は必ず変わる。シェアリングをしていて、イベントをしていて、子どもと関わっていて、感じるようになった。私も一人一人を大切にしたいと思うようになった。そして、自分らしさも大切にしようと思うようになった。

「まなてぃ〜」と書くことにこだわっている理由。
昔は、一人が苦手で誰かと一緒がよかった。でもそんな私に、BHでの活動が、BHでの出会いが教えてくれた。「自分らしさ」を大切にすることを。だから名前も私オリジナル。ジュゴンと一緒でなく、山田真奈美が「まなてぃ〜」。

「これまでを振り返り、次のステップにつなげること」(STEP UP研修のコンセプト)
毎月のシェアリング、研修ではセッションごとに振り返り、イベント後の振り返り…HEPではやけに振り返る機会が多い。いつの間にか習慣づいていた「振り返り」。
ふと立ち止まって振り返ることで、これまで気づけなかった自分の想いや状況に気がつくことができる。ただがむしゃらに前に進むことだけが前進ではない。自分の想いが確認できるからこそ、今の状況が分かるからこそ、次に進んでいけるのだということを知った。
「何のためにイベントをしているのか」「自分は何を感じているのか」
「何ができていて、何ができていないのか」「自分はどうしたいのか」
自分が苦しんでいる時こそ、次に進もうとする時こそ、心の声に耳を傾けることは大切であると思う。
やっぱり自分がやりたいって思ったことは、続けられるから。
失敗したことも何が悪いか分かっていたら、次につなげることができるから。
どう関わったらよいか困っていても、今後の関わりのヒントが見つかるかもしれないから。
「答えは自分の中にある」
いつも悩みっぱなしで、優柔不断な私に、尊敬する先輩がかけてくれた言葉。前よりも今はこの意味が分かる気がする。

ポレポレキャンプとHEP STEP UP研修。これは私が総責をしたイベントだ。いつの間にかそれぞれのコンセプトが、自分自身のコンセプトになっていることに気がついた。

出会ってきた全ての人へ
BHでのたくさんの出会い・つながり、たくさんの経験・気づき・学び、は私の一生の財産だ。本当にありがとう。



『BHでのカオスな日々』

                                                  芳野 徳洋

 BHに深く関わらせて頂いたのは、主に2001年の春から2003年の春にかけてであった。ドッグ・イヤーという表現が当時よく使われていたが、今でも通有の言葉なのだろうか。大学サボって当たり前。事務所に泊まるのも当たり前。野宿したこともあったような気がする。しかし、そんな生活の中で流れる時間は普通の人間に対して4倍程度の濃密さを持っていることから、ドッグ・イヤー(犬の時間)と呼ばれていたのであった。
 私はまさしくそんな濃密な時間の中で生活していたのであるが、今思い返せば、私が参加したイベントの中でまともに終わったものの方が、どう考えても少ない。一番酷かったのは大雪に見舞われたあるキャンプだったが、その他にも急に猪が出現するとか、その他ここには書けないようなことも多々起こった。だから私の口癖はいつもこうだった。「ああ、カオスや。」
 別にこの口癖は過去形ではなくて、現在でももちろんよく使うのであるが、それでもBHにいた時程この言葉を乱用したことは無かった。やはりそれだけカオスな日々だったのだと思う。それにもかかわらず、BHでは楽しくやっていたように思う。泣いたことやキレたことも多かったが、やっぱり楽しかったと思う。それは何故かと考えると、やはり好きでやっていたことだからなんだろう。本当に嫌なら逃げてたんじゃないか。
 しかしまた、それ以上にカオスな感覚を楽しんでる仲間も多かった。とりあえずなんか起こったら風呂に行った。常務会はよく横文字に罰金が課せられた。そして全てが片付いたらトレビアンに直行してた。やっぱりみんなも好きだからやってこれたんじゃないかと思う。奇麗事とかじゃなくて、正直に自分もそういう馬鹿みたいな仲間がいたからやってこれたんじゃないかと、今になって感慨深く思ってます。卒業を目前にして、最後にその仲間たちにありがとうと言ってこの原稿を締めさせて頂きます。カオスなみんな、ありがとう。



                                                  山口 真史

関西到着まで残り40分
イランワークキャンプの帰りの機内
高校生たちは到着に向けて準備を始める
BHの4年間を少しだけ考えてみた
私が何をしてきて何が出来たのか
そして何が得れたのか
偉そうぶって言えることは何もないなと思う
でもちょっとだけ言えることがある
BHのことでも他のことでもなんでもよいが
一度やり始めたことは続けてほしい
「継続は力なり」
継続することで力が付いてくる
という意味で教えられる
しかし、私はこう思う
継続することで確かに力はついてくるが
継続すること自体が力の証明だと。
いろいろ理由をつけて辞めることも簡単だ。
難しいことやうっとおしいことにも向かっていってほしい
周りには力になってくれる人たちも
たくさんいるのだから、
と素直にそう思う。
でも私もそうできるだろうか
これからも頑張っていかないと

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