1999年1月4日(月)〜7日(木)
ちびっこスキーツアー’99
於 菅平高原スキー場(長野県真田町)

 1月4日(月)から7日(木)の3泊4日、菅平高原スキー場(長野県真田町)にてちびっこスキーツアー’99が行われた。参加者は子供23人、スタッフ18人であった。総責任者は滝本康平(関西学院大学)、副責任者は新開政雄(関西学院大学)だった。
 関学学習指導会では、昨年、一昨年と二回のスキーツアーが行われてきたが、今回は場所を戸狩高原から菅平高原に移し、宿舎は、ゲレンデのすぐそばにあるベルフレール鈴蘭館を選んだ。また、どうせやるのなら、単に楽しかったり、スキーが上達するだけのツアーにはしたくないという思いがあった。そこで、次のようなコンセプトを設けることにした。そのコンセプトとは、「三泊四日の間、同じ生活、同じ体験を共有していく中で、普段の生活の中で障害(かべ)となっている、年令・性別などの違いをこえた、新たな人間関係を築いていく。また、そういった「かべ」を乗り越えるひとつのきっかけとして、子どもたち全員一人一人が目標を設定し、普段自分がなかなか出来ないことを、この4日間ですこしでも達成してみよう。」というものであった。そして、ひとつの班の中には、男の子もいれば女の子もいるし、中学生もいれば小学3年生もいる、自分の友達は他の班にいるといった、今までとは全く違った班構成にした。その班で、自分達の作った目標に、どれだけ近づく事が出来たかということについて、話し合う機会も設けた。また、新たらしく良い人間関係をつくってもらおうと、夜 に寝る際も、大広間でみんなが一緒に寝ることにした。このようなコンセプトをもとにして、様々な準備がはやくから進められ、新年があけてすぐ、スキーツアーが開催される事となった。
 1日目。朝9時に西宮を出発し、約8時間バスに乗って長野県へ向かった。車中では、自己紹介やクイズ大会など、8時間の長旅を感じさせないほど楽しいバスリクリエーションを通して、みんなが打ち解け合うことができた。夕方、宿舎につきおいしい夕食をいただいたあと、「鈴蘭の館 冬の陣・菅平大戦争」と銘打った対抗ゲーム大会をおこなった。大戦争の前には、参加者全員を二つに分けた、東軍と西軍が応援合戦をし、ひとつの班だけでなく、他の班と協力することができた。
 2日目。この日は、午前、午後ともにスキースクールであった。天気は文句無しの快晴で、ゲレンデの雪も言うことなしであった。なかには、スキーをするこが初めての子どももいたが、ケガをする子どももなく、スキーを満喫することが出来た。スキーをした後は、ゲレンデで「そりレース」と「ビーチ(?)フラッグ大会」が催された。大自然の雪に触れながら、純粋に楽しいひとときを持つことが出来た。夜には、「鈴蘭館横断ウルトラチャレンジ」という企画が催され、班で色々なゲームやクイズに挑戦した。これを通して、班内のまとまりができ、さらに一致団結することができた。就寝前には、自分の作った目標がどれだけ達成できたかを班内で話し合った。スキーの上達ぶりや、新しい友達をつくることができた話をする時間をもつことができた。
 3日目〜4日目。 この日も絶好のコンディションの中、スキー学校をおこなった。前日には、全く滑れなかった子どもも、滑れるようになっていて、子どもの上達の速さには驚かされた。夕方には、長野を出発して、西宮へ向かった。バスの中では、スキーツアーの感想を話し時間を設け、途中の松本ドライブインでは夕食をとりとお土産を買った。その後は、4日目の朝8時に西宮に着くまで、バスの中で眠った。4日目の早朝、無事に解散をすることができた。
 全体を通して、子どもたちが全員、大きなけがや病気もなく、帰って来られたことが何よりも素晴らしいことであった。そして、子どもたちにとっては、このスキーツアーが、新しい友達をつくることができる良い機会となったのではないか。また、私たちは、子どもたちがすぐに新しい友達をつくることができるのを見て、彼らの性別や年令をあまり気にしない柔軟さには驚くこともあった。
 総責任を担った滝本は「実行総責任の私と、副責任の新開は、会に入って少しもたたない間に、こんなに重要な役割を担わせせてくれたことにまず感謝したいです。イベントの総責任をすること自体、はじめてだったのに、スキーツアーには、危険も伴うからです。総責任をやらないかというお誘いに、軽く返事をしてから、約4ヶ月間。確かに疲れたけれど、得るものはそれ以上にあったように思います。子どもの「来年もスキーツアーをやって!」という言葉が聞けただけでも、今回のツアーをやってよかったと感じました。スタッフやリーダーの皆さんと共につくりあげてきたスキーツアーでしたが、無事に終えることが出来て、本当にうれしく思っています。ありがとうございました。」と話す。